大阪アイスもなか事件
1998年05月


 真夏を思わせる暑い昼下がり。
 仕入れのため大阪・船場を訪れていた私は、予想外の大量仕入れで現金を殆ど使い果たし、汗だくになって地下街を歩いていた。
 ふた抱えもある荷物。そう、帰途を考えると、宅配の手配はおろか、コインロッカーを利用する現金さえ怪しくなっていたのだ。
 荷物が重い。少し整理しなければ。
 とりあえず地下街の外れ近くにある休憩所で、私は荷物を置いた。
 その時である。
 ひとりのおばちゃんが、うすら笑いを浮かべながらにじり寄ってきた。40歳台の半ばくらいだろうか。如何にも大阪のおばちゃんらしく、服装も化粧も、やや派手目である。
 おばちゃんは、おもむろに手にした「アイスもなか」を割ると、
「すみません、これ食べてもらえません?」
と、いきなり私に握らせるではないか。
「いや、あのね、怪しいモンやないんですけどね、あんまり暑いんでアイス買(こ)ぉたら、最近のアイスて大きいですやろ、子供やったらええけど、食べてたらもう口の中が冷たなって、頭痛(い)となってきて...」 なんだか「怪しくない」ことを力説し始めた。
「ほんまにねぇ、もう、子供やったらこんなんいくつでも食べたて平気やけど、大人には多いですわなぁ...」 余程怪しまれていると思ったのだろう、一生懸命繰り返している。
 さて、その時私は、さぁこれから荷物を整理するぞの筈の手がアイスもなかに占領されてしまい、おばちゃんの言い訳を聞くしかなくなっていた。
 これはきっと、アイスもなかでも食べて休めというオボシメシだと思うことにした。
 「じゃ、いただきます」と食べ始めると、やがておばちゃんは、「もう行かな...」とつぶやきながら、船場センター街の迷宮へと消えていった...。
 アイスもなかを噛った。一瞬、5月らしからぬ暑さが蘇ったが、すぐにすうっと爽やかになった。
 ...飲み物代が、少し浮いたせいではない。なんだか、怪しいおばちゃんが嬉しかったのだ。

 めでたしめでたし。



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